作成日
:2021.02.22
2022.04.12 16:39
プラットフォームテクノロジーが急速に変化を遂げる中、リテールFXブローカー各社は、顧客の獲得・維持や競争優位性の発揮に向け、コストベネフィット分析を踏まえつつ、如何なる取引プラットフォームを導入すべきか検討する必要がある模様だ。
約20年にわたり、MetaTrader4【以下、MT4と称す】はリテールFX業界を席巻し、海外FXブローカーの標準プラットフォームとなっている。FX業界が成熟し、顧客獲得単価(Cost Per Acquisition, CPA)が上昇する中、ブローカーにとって顧客獲得・維持は大きな課題の一つといえる。一部の小規模なリテールブローカーは、ソーシャルトレーディングサービスの提供や入金ボーナス、キャッシュバックなどのキャンペーンを通じ、競合他社との差別化を図ることで、この課題解決に取り組んでいる状況だ。
MT4のようなユビキタスプラットフォームは、顧客獲得・維持を図る上で重要なツールとなる一方、同じプラットフォームを活用する場合、各FX業者は他社との差別化が困難となる。更に、競合が積極的なマーケティングキャンペーンを仕掛けることで、顧客が流出するリスクも抱えている。海外FXブローカーにとっては、サードパーティーから取引インフラをリースする際の費用と、広告枠の買い付けやリードを獲得する営業スタッフの費用を比較検討しなければならないという。
MetaTrader取引プラットフォームの開発者が、マネタイズ手法を変更する場合、世界中のほとんどのブローカーがその影響を受け得る。MetaTrader5【以下、MT5と称す】が1週間でリースモデルに移行することを想定すると、ブローカー各社は知的財産を所有する機会を失うと共に、リースに伴う月額費用も増加することになる。またMT5の機能を全て活用する場合、付加価値はMetaQuotesのサーバー上にあり、ブローカーは本質的価値を見出せていないことになる。
このような市場環境下において、海外FX・CFDブローカーであるFXCMの上級管理職を務めた経験を有するJonathan Baumgart氏は、MT5がリースモデルに移行する中、FXブローカーは取引プラットフォームのレンタルもしくは自社開発を判断すべく、コストベネフィット分析を実施しなければならないと言及している。Baumgart氏は、FXブローカーは永続的に取引プラットフォームをリースするよりも、自社開発のためにテクノロジー投資を行った方がコスト効率が高いと見ている。
マルチアセットクラスのトレーディングソフトウェアを提供するTraderEvolution Global【以下、TraderEvolutionと称す】のCEOを務めるRoman Nalivayko氏によると、ブローカーが事業に中核テクノロジーを導入する手法として、自社開発やソースコードの購入、ホワイトラベルもしくはベンダーが開発したソフトの活用が挙げられるという。自社開発は開発プロセスや事業運営を管理できる他、知的財産の所有が可能である一方、市場化にかかる時間は最も長くなる。ソースコードライセンスの購入は、市場化にかかる時間を短縮すると共にプラットフォームの開発に関して自由度が高まる一方、経験豊富な開発チームを抱えることになるため、運用費用は比較的高くなるという。この2つの選択肢は、予算と専門性、及び市場で求められるプラットフォーム開発の先見性を要し、これらが欠ける場合、プラットフォームは即座に時代遅れのものになるとのことだ。ホワイトラベルは差別化を図ることが難しいが、市場化にかかる時間が最も短い他、小規模企業は自社でインフラを運用する余裕もないため、市場で広く活用されているソリューションだ。ベンダーが開発したソフトウェア・アズ・ア・サービス(Software as a Service)【以下、SaaSと称す】を活用することで、取引プラットフォームは常にアップデートが行われるが、ベンダーの選定に当たっては、各社の開発方針や事業継続性、先見性などを考慮することが重要であるという。またNalivayko氏は、柔軟性が高くユニバーサルデザインを実現できる取引プラットフォームを採用すべきだと言及している。
グローバルソフトウェアプロバイダーであるDevexpertsの取引ソリューション部門バイスプレジデントを務めるJon Light氏によると、ブローカーの企業規模や従業員数、取引高に応じて取引プラットフォームの導入手法は異なってくるという。取引高が多く技術部門を有している大企業の場合、ITスタッフやサーバー、ネットワークなどに多額の投資を要するが、自社でシステムを所有することが適しているとのことだ。一方、小規模企業は、十分なIT関連の経営資源を有しておらず多額の先行投資も行えないため、SaaSの活用によって技術的障壁と運用費用を取り除き、事業運営と取引高の拡大に専念することが最適だという。Devexpertsは大手金融機関を対象に、カスタムプラットフォームに特化したブティック型ソフトウェア開発業者として知られている。しかしながら、中小企業からも同社のテクノロジーに関して多くの問い合わせを受けていたことから、2020年にDXtrade SaaSをリリースし、広範なブローカーニーズへ対応できる体制を構築している。また、同社ソフトエンジニアリング部門のEvgeny Sorokin氏によると、一般的にブローカーはトップクラスのエンジニアを抱えておらず、自社開発の取引ソフトウェアは信頼性が低いという。一方、自社開発はベンダーの要件に縛られず、独自機能も搭載できるが、取引プラットフォームの開発・運用には、エンジニアやセキュリティ関連の専門家など、多くの人材と業務を抱えることになるとのことだ。
オーストラリアを拠点とする海外FXブローカーであるGlobal Primeのディレクターを務めるJeremy Kintslinger氏は、プラットフォームを自社開発することにはリスクが伴うと共に膨大な経営資源を要すると言及している。一方、リース費用は、プライムブローカーやリクイディティプロバイダー(流動性供給業者)などに支払う取引高に応じた手数料と比較して些細なものであるという。Kintslinger氏はTraderEvolutionのような優れたソリューションを既に保有し、顧客ニーズに対応したプラットフォームを構築できる企業との提携を推奨している。また、米国・カリフォルニア州を拠点とするテクノロジープロバイダーであるFDCTechのMitch Eaglstein氏は、FDCTechやDevexpertsのような企業からカスタマイズされた取引プラットフォームのソースコードを購入し、MT4やMT5を永続的にリースすることは安価なものであると述べている。
小規模FXブローカーにとっては、Nasdaq(ナスダック)への直接接続や取引プラットフォームの自社開発は不可能だという。月額4,000ドルというMT5リース料は、自社開発に伴う設計・開発・サポートスタッフの人件費より低い。例えば、英国の大手FX・CFDブローカーであるCMC Marketsが開発したNext Generationプラットフォームは、1億ドル以上の開発費に加えて月額20万ドルのサポート費用を要しているという。自社開発には多額の費用を要することに鑑みると、ブローカーが優れたビジネスプランを有している場合のみ、自社独自の取引プラットフォームを開発することが適しているといえる。
取引プラットフォームは顧客獲得・維持を図る上で重要なツールとなる中、海外FXブローカーが、自社開発やレンタルなど、各導入手法のメリット・デメリットを踏まえ、如何なる戦略を講じるか、その動向を見守りたい。
release date 2021.02.22
英国・ロンドンを拠点とするテクノロジープロバイダー、Star Financial SystemsのCEOを務めるDaniel Moczulski氏は、テクノロジーに精通し、自動売買システム(EA)を活用している顧客を対象とする場合、MT4やMT5を導入することで、顧客オンボーディングが容易になるという。FXや株式などのマルチアセットに対応した取引ニーズが高まる中、海外FXブローカー各社は高機能が付帯したMT5の導入を進めている状況だ。例えば、SquaredFinancialがMT5をリリースした他、Besst Point Capital HouseもMT5をリリースした。また、豊富な口座タイプを提供するHotForexはMT5上でCFD取引サービスを開始している。一方、Moczulski氏によると、競合他社と同様の取引プラットフォームを導入する各ブローカーは、ブランドロイヤルティを構築することが難しく、顧客は容易に離反する可能性がある他、スプレッド縮小や熾烈なマーケティングといった底辺への競争に繋がり得るという。海外FXブローカーによるMetaTrader取引プラットフォームの導入が進む中、各社がリードの獲得に続き、顧客基盤の維持に向けて如何なるソリューションを講じるか注目したい。
作成日
:2021.02.22
最終更新
:2022.04.12
国内及び外資系金融機関に15年弱勤務し、現在は独立。
執筆と翻訳は、海外FXを始めとする金融分野を専門とする。
慶應義塾大学卒。
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