作成日
:2022.05.16
2022.05.16 16:03
ビットコイン(BTC)など仮想通貨(暗号資産)は価格が安定せず、実用性に乏しいと指摘されてきました。この問題を受けてステーブルコインが開発され、価格安定の期待を集めてきました。しかし、2022年5月初旬、アルゴリズム型ステーブルコイン「UST」の価格が崩壊したことをきっかけに、仮想通貨市場全体に不安が広まりました。
USTは、USDT(テザー)やUSDC(USDコイン)に次ぐ規模だったため、衝撃の出来事となりました。では、その他のステーブルコインの安全性は保たれているでしょうか。当記事では、DAIなどステーブルコインの安全性について焦点を当てます。
USTは、テラ(Terra)ブロックチェーンで発行されるステーブルコインです。特徴としては、USTを発行するために米ドルなどの法定通貨を必要とせず、裁定取引の原理を利用して価格安定性を保つことが挙げられます。また、1ドル分のLUNAを使って1USTを発行・償還することが可能で、市場価格の変動に対してトレーダーが低いリスクで利益を得られる仕組みでした。
裁定取引とは、同じような価値を持つ商品等の一時的な価格差を利用する取引手法です。何らかの理由で一方の商品等が理論値よりも高くなる場合、市場参加者はその商品を売ると同時に、割安になっている側を買います。すると、割高な側の価格は下落し、割安な側の価格は上昇して元の安定的な価格に戻ります。こうして、これら2つの価格は安定的に推移します。
USTは、アルゴリズム型ステーブルコインとして価格が安定していました。しかし、DeFi関連サービスからの大規模な資金引き上げや、取引所での大量の売りが引き金となり、突如として安定性を失いました。当記事執筆時点で、UST価格は0.2ドルを割っています。また、トークン「LUNA」がUSTの価格安定のために利用されており、80ドル付近だったその価格は0ドル台まで暴落してしまいました。
画像引用:CoinMarketCap
仮想通貨市場では、複数のステーブルコインが大きな影響を受けました。ステーブルコインの中でも、法定通貨に価値を裏付けられたものは、比較的安定していました。しかし、その他のステーブルコインには、少なからずネガティブな動きが観測されています。例えば、アルゴリズム型ステーブルコイン「USDN」が精彩を欠いており、一時的に0.7ドル付近にまで急落しました。
当記事執筆時点で、USDNを含め価格が崩壊したステーブルコインの例は報告されていません。しかし、仮想通貨市場全体で安全性への懸念が高まっているのは事実でしょう。
では、DAIの安全性について確認しましょう。DAIは、MakerDAOというDAO(分散型自立組織)が管理するステーブルコインです。また、日本の取引所で売買可能なため、日本のユーザーの関心が高いステーブルコインです。
DAIは、仮想通貨を担保にしています。担保に使用できるのは、イーサリアム(ETH)やビットコイン(BTC)など主要な仮想通貨に加え、ユニスワップ(UNI)やマナ(MANA)などもあり、これらと引き換えにDAIを発行できます。そして、USTとLUNAの関係と異なり、等価交換でDAIを発行できるわけではありません。担保となる仮想通貨毎に「最低担保比率」が設けられており、その基準を満たす範囲内でDAIを発行可能です。
例えば、イーサリアムの最低担保比率は170%に設定されています。すなわち、1,000ドル相当のDAIを発行するには、最低でも1,700ドル相当のETHを担保として預け入れる必要があります。さらに、ETH価格が下落して最低担保比率を維持できなければ、強制決済されてしまいます(DAIからETHに戻されます)。この強制決済が発生する場合、仮想通貨が割安な価格で売却されてしまう上に、ペナルティとして罰金が科せられるようになっているので、余裕を持った発行が推奨されています。
DAIは、この仕組みで安定性確保に成功しています。2020年に価格が乱高下することもありましたが、2021年以降は安定的な値動きを見せています(下のチャート)。しかし、DAIにも、価格崩壊のリスクが潜んでいます。
画像引用:CoinMarketCap
最大のリスクは、担保となる仮想通貨価格の急落です。DAIの最低担保比率は150%以上に設定されているので、たいていの価格変動に耐えられます。しかし、想定を超えるスピードで暴落が発生した際には、システムを維持できなくなる可能性があります。仮想通貨には1日で無価値になってしまうものも存在するので、可能性はゼロではありません。
また、ハッキング被害を受けるリスクもあります。スマートコントラクトの脆弱性への攻撃などに対処するため、「緊急時シャットダウン」と呼ばれる対策が用意されています。しかし、セキュリティが侵害されれば、DAI価格へのマイナス影響は避けられないでしょう。
しかしながら、DAIはアルゴリズム型ステーブルコインよりも強固なシステムを持っており、USTと同様の被害を受ける可能性は比較的低いといえるかもしれません。
一般的に、ステーブルコインは法定通貨を担保にする方法が主流です。この種のステーブルコインはUST問題で致命的な影響を受けていない模様ですが、その安全性は確保されているでしょうか。
USDTは、テザー社が発行する世界最大のステーブルコインであり、米ドルとの連動性が高いです。安定性の肝は準備金の管理であり、第三者機関による監査で透明性を保っています。しかし、過去には監査基準の曖昧さや準備金の運用方法に対して懸念の声が挙がるなど、不安要素も存在します。
2022年時点において、準備金の30%超がCP(コマーシャルペーパー、無担保の約束手形)と譲渡性預金に割り当てられており、安全性に対する懸念が再燃しています。このCPに関して、契約企業などの詳細は公開されていません。準備金の半分以上が米財務省証券と現金であるため、直ちに流動性の問題が発生するわけではないと考えられますが、USDTの償還が急増すれば、テザー社の準備金運用の信頼性が問われることになるでしょう。
テザー社は、準備金におけるCP比率引き下げ開始を報告しており、USDTが健全なステーブルコインであることをアピールしています。USTが暴落した際にも、テザー社はUSDTの償還に通常通りに対応していることを発表しました。
USDCは、Circle社によって2018年に立ち上げられたステーブルコインであり、Circle社は米大手取引所Coinbaseと米大手証券会社ゴールドマンサックスを後ろ盾に設立されています。USDTと同様の仕組みで米ドルとの連動性を保っており、非常に高い信頼性があります。特に、Coinbaseは米証券取引所のNASDAQに上場しており、USDCの価値を裏付ける準備金の運用は強固なものであると考えられます。
なお、米企業が主体となって運用する仮想通貨であるため、米政府機関の意向に左右される可能性があります。米国では、ステーブルコインの規制の動きが加速しているだけでなく、中央銀行発行デジタル通貨(CBDC)などの開発も進んでおり、USDCを始めとするステーブルコインを取り巻く環境の変化に注意が必要です。米証券取引委員会(SEC)がUSDCによる金融サービスに警告を発するなど、既存の金融システムとの摩擦が生じているのも事実です。
BUSDは、大手取引所Binance(バイナンス)が発行するステーブルコインであり、Binanceのサービスだけでなく、BNBチェーン上で広く利用されています。他の中央集権型のステーブルコインと同じく、裏付けとなる準備金の内訳を公開しています。
また、BUSDはBinanceに左右される存在です。Binanceは複数の国でライセンスを保有していますが、米国などではBinance.comへのアクセスが制限されるなど、いくつかの国で利用が禁止されています。このライセンス問題の解決には、時間を要する見込みです。従って、BUSDやBNBチェーンは、規制面でのリスクを少なからず抱えています。
当記事執筆時点において、USTの価格崩壊による他のステーブルコインへの影響は、限定的だったといえます。法定通貨担保型のステーブルコインや仮想通貨担保型のDAIは、その安定性を維持しました。USTはアルゴリズム型のステーブルコインであり、実験的な試みだったとの考えもあります。これがステーブルコインの将来性にどのような変化をもたらすか、もう少し時間をかけて推移を見守る必要がありそうです。
作成日
:2022.05.16
最終更新
:2022.05.16
米大学で出会った金融学に夢中になり、最終的にMBAを取得。
大手総合電機メーカーで金融ソリューションの海外展開を担当し、業界に深く携わる。
金融ライターとして独立後は、暗号資産およびブロックチェーン、フィンテック、株式市場などに関する記事を中心に毎年500本以上執筆。
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